スポンサーサイト

--.--.--.--.--:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「永遠の0」は読まない

2014.08.26.Tue.00:27
S太がお休みだった日、ふたりで夜ごはんに粉さんにいった。

そんな日の会話のなかで、

夕方って、みんなが家に帰る時間なんだよね、

うちって、夜は働く時間だったよね




なことを口にしてた。

息子たちにとって、夜は家族の時間ではなかった。

今、彼もそんな時間が主な労働時間になってしまいました。

家族の仕事、働き方、環境って子どもには大きなものってずっと思ってます。

粉さんでは、家族でよくご飯を食べた記憶があります。

仕事が休みのときは、なるべくみんなでご飯でしたっけ。

一週間に一度あるかないか(笑

今は、一年に数回そろうかそろわないかの家族の食事になりましたね。






文章がくらいくらいな感じの冒頭になってしまったのは、

「永遠の0」を観てしまったせいか?

Sたが一緒に観るかと誘ってくれたDVD、珍しくバイトから帰ってきたSまと三人で観ることになった。


戦争が語られてるものは、心が重くなる。

「永遠の0」は、お店にくるお客さんにも読んでみてはと薦められたことがあった。

若い俳優さんたちが演じてるのを観ただけでも心が重くなってるのだから、本なんかは読んだらだめでしょうね。





夢をみた

特攻隊員になっていた自分。。。

我ながら影響受けやすいっていうか

子どものころ?夏休みというと戦争と家族愛のドラマが放送されていたような?

小学一年生のとき、図書館でかりた本「かわいそうなぞう」は、

涙いっぱいで読んだ記憶がある。

「はだしのゲン」は小学校にやってくる映画会?体育館に全校生徒が集まってみた。。。

多感なあのころに観るにはつらい、悲しい映画だった。

中学校のころになると「ひめゆりの塔」を読んで、読書感想文を書いた。

いや、書かされた感じ。

教育の場にもりこまれてた戦争。

私には祖父母という実際にそのつらさ悲しさを体験した家族がいた。

「家族に戦争の話をきく」というよくある宿題があったときにも

ふたりとも、その頃の話をしたがらなかった

祖父は自分が病気で戦地から帰ってきたことしか話さなかった。

今思うと、言葉にもしたくなかったことが、あったんだろう。

「勝ってーくるぞと勇ましくー、誓って国をでたからにゃー」

と、なぜだか覚えていたこの歌を、歌っていたときのこと

祖母に「それは、うたうもんじゃない」と言われたことがあった。

終戦の年に母を産んだ祖母、大変な苦労の日々だったはず

その祖母も90歳をこえ、祖父は95歳になった。

戦争のことを語ることはもうできない。

こうしてあの戦争が、どんどん消えていきそうな気がする。

そんなことを映画を見て思った。

「泣ける」「感動した」「涙がとまらない」などと鑑賞した人たちの言葉

それとは違って、素敵な俳優さんたちの演技をみても

なんだか不安な重い心持ちになった。

戦争は物語ではなく、史実。。。いえ歴史というよりも

ほんの70年前の話。

息子たちは、どう感じられたのだろう。





スポンサーサイト
コメント

管理者のみに表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。